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ローマのカツ丼  
40年程前のまだ日本料理の店なんて一軒もない頃のローマ。 ビッソラーティ通りにある建物の2階に中華料理屋が出来た。 中国人の新婚夫婦が経営していて、亭主は日本語なんて一言も分からないが、奥さんは東京、後楽園の近くの中華料理店の娘。 勤務先の近くだったので時々昼飯を食べにいっては日本のものが懐かしいよと言っていたら、メニュウにカツ丼が加わった。 日本と同じ味で味噌汁もついている。 日本語が通じるのも嬉しい。 それでいて適当な値段だから毎日のように通い、旅行客も沢山連れて行った。お陰で店は繁盛しているようだったが、カツどんでは単価が低いから、儲けにはならなかったろう。
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by pincopallino | 2006-10-18 09:52
解説の多いレストラン
久保田万太郎の小説に、新しく蕎麦屋を出した主人公が食通と言われる人を数名集めて味見をしてもらったというオハナシがある。 美味しいと評判の老舗から取った蕎麦を自分の店のうつわに、自分の店の蕎麦を老舗のうつわに移し変えて出したところ、全員が一口食べた途端やっぱし新店の味は老舗にかなわないと言ったので、食通なんて持て囃されている者の舌なんて当てにならないことが分かり、発奮して商売に励んだ結果成功したという話。 
今やイタリア料理の世界でも色々と講釈をいう人がいるが、聞けば聞くほど本当に分かっているのかな思うことが多い。 イタリアン レストランでも同じで、結構高級そうなところでもシェフの話を聞いている限りうまそうだけど、いざ料理となるとたいした味でないのがある。 かくいう小生、自分なりに美味しいと思えばそれでけで良いので、秘訣だの隠し味なんてわからない。
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by pincopallino | 2006-10-17 17:57
イタリア人のイタリアン・レストラン
かってイタリア料理が流行りだした頃、日本に来たイタリア人から日本にはイタリア・レストランが沢山あるが、イタリア料理はどこで食べられるんだと聞かれたことがある。 そんな中で東京のイタリア人が良く行っていたのが当時の麻布材木町にあったアントニオ。 オーナーのアントニオ=カンチェーミがはじめに座間だかの米軍基地の前でやっていた店をたたんで、都内に進出してきたものだった。 彼は料理なんて全くの素人だよとうそぶいていたが随分流行って、その後渋谷寄りに移って立派な店を構え、代官山にも支店を出した。
神戸のドンナ ロイヤも戦争中帰れないまま日本に居残ったドンナ=ロイヤ氏が造ったレストランだが、終戦直後は日本人がなかなか立ち入れない地区にありながら高級店として名を馳せたそうだ。 
ナポリアイスを創設してしこたま儲けたたしかベルターニとかいった人は戦争中、潜水艦の乗組員として日本に来たまま帰れなくなってしまった。 途中アフリカ沖でヨーロッパに向かう日本の潜水艦とすれ違い、お互いに手を振って別れたそうだ。 この人、そのうちにナポリアイスの会社を売ってアメリカに行ってしまった。 ナポリアイス、今でもあるのかどうか知らない。 
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by pincopallino | 2006-10-13 10:27